
Grandmaster Flash & The Furious Five / The Message (UK 1982)
via. 45worlds
ロックミュージックは今では大人の文化の一部であり、それは10年前では考えられなかったことです。もはや若者同士がメッセージを送り合うだけの排他的なものではありません。
しかしポップ・ミュージックは常に時代の流れを反映し、時代に対応してきました。
それは今日のポップ・ミュージックも例外ではありません。
「ポップ」は私たちの時代に何を語り、そこには何が書かれているのでしょう?
What Pop Lyrics Say to Us Today : The New York Times (1985/2/24)
ニューヨーク・タイムズのアーカイブ、1985年2月24日号のアート面の記事より。
ビートルズやボブ・ディランなど、時代を代表したアーティストの歌詞を振り返りながらも、リアルタイムなメッセージとして「ラップのリリック」についても言及。社会派ラップの古典「ザ・メッセージ」や、Run-DMCのデビューシングル「イッツ・ライク・ザット」に触れています。
愛こそはすべて

“All You Need Is Love”
a scene from the animated film Yellow Submarine / The Beatles (1968)
via. Apple Films
1960年代のスターたちは、セックスやドラッグについて公然と歌っていました。音楽は新しい世代の代弁者であり、ジェネレーション・ギャップを常に感じさせるものでした。
What Pop Lyrics Say to Us Today : The New York Times (1985/2/24)
また、1960年代のロックの作詞家たちは「愛」について語るのを好みました。
ビートルズにとっての「愛」とは超越的なものであり、事実上何でもできる、世界を変える圧倒的なパワーでした。
きみにできないことは、ひとつもないし
どんな歌だって歌えるさ言葉がなくても、ゲームは始められる
簡単だよ、必要なのは「愛」だけ

The Beatles / All You Need Is Love (Promo 1967)
via. Discogs
「愛」は今でも、ポップミュージックの歌詞の中に登場します。
しかし、現代版の「愛」は、宇宙的で華やかだった1960年代の「愛」よりも、より現実的で、地に足が着いたものになっています。
今日のソングライターたちの多くは、ロマンスは「物質的な価値観やセックスよりも重要ではない」と主張しています。
ティナ・ターナーは現在ヒット中の曲の中で、こう問いかけています。
「それが愛だっていうの?」

Tina Turner / What’s Love Got To Do With It (Promo Single 1984)
via. Discogs
魅惑的な唇と妖艶な出で立ちで、ポップ界の今最もホットなビデオスターとなった「マドンナ」。
彼女のヒット曲「マテリアル・ガール」では、銀行にお金さえあれば、恋愛の心配なんてしない、とアピールしています。
倹約家の男の子たちだけが
ピンチの時に助けてくれる私たちは生きてる
モノがあふれている世界にそして私は
物欲が強い女の子

Madonna / Material Girl (1985)
via. Discogs
マドンナによって緻密に計算されたイメージは、若くお金のあるリスナーたちの心に響きました。
とは言うものの彼女が「ヤッピーの女王」になるには、あまりにも表面的。そして、少なくともフェミニストたちに愛されることは決してないでしょう。
同時代の良心

Bob Dylan NYC (1963)
via. Don Hunstein
1960年代の後半までに、平和と公民権運動は分裂し始めていました。
ケネディ家を襲った悲劇や、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺は同時代のヒーローを奪い、ベトナム戦争は抗議活動にもかかわらずエスカレート。国内では暴力が増加していきました。
物事の「意味」を理解しているのは、最も先見の明のある音楽のアーティストたちなのでは?彼らが正しい問いと答えを導いてくれるのでは、という期待が若者たちをロックに傾倒させていきます。
しかし、ロック界で最も影響力のあるアーティストたち(ボブ・ディランやビートルズ、ローリング・ストーンズなど)は、「同時代の良心」としての役割が大きな負担になっていきます。
ディラン氏は、そのプレッシャーが耐え難いものになってきていることを感じ、「見張塔からずっと」という曲の中で自分の苦境について、こう書いています。
どこかに「出口」があるはずだ
ジョーカーは泥棒に言った混乱しすぎて、救いが無い
実業家たちは俺のワインを飲み、農夫たちは俺の土地を掘るその価値を知っている者なんか、誰もいないのさ

Bob Dylan / John Wesley Harding (1967)
via. Discogs
「ダメ、ゼッタイ!」

The Byrds / Fifth Dimension (1966)
via. Discogs
1960年代のロック・アーティストの多くは、この10年間のおわりまでにドラッグに手を出しました。
しばらくの間、本来の意図がどうであれ「ドラッグについて歌っている」と思われた曲(ボブ・ディランの「ミスター・タンブリン・マン」や、バーズの「エイト・マイルズ・ハイ」、ローリング・ストーンズの「ゲット・オフ・マイ・クラウド」など)が広く聞かれるようになりました。
ボブディランは「everybody must get stoned」と歌い、多くの若者は賛同したかのようでした。
参照:”everybody must get stoned,”
ボブ・ディランが1966年5月10日にリリースしたシングル「レイニーデイ・ウーマン」の歌詞より。
2つの解釈「みんな『石』を投げつけられるがいい」と「みんな『ハイ』にならなきゃだめだ」の間で議論に。
当時の音楽新聞「メロディー・メイカー」1966年6月4日号によると、「ドラッグの歌を書いたことはないし、これからも書くことはない」とボブ・ディラン本人がコンサートで語った(ロイヤル・アルバート・ホール 1966年5月27日)と報じています。

Bob Dylan / Rainy Day Women / Pledging My Time (1966)
via. Discogs
しかし、ドラッグの歌詞の流行は短命でした。
インドがカウンター・カルチャーのメッカとなった、あの短い夏のように、薬物の歌詞が再び流行することはありませんでした。
今日のポップミュージックでは、歌詞の中で「ドラッグ」にふれることはほとんどありません。
通常ドラッグの話が出てくる場合は、手を出すな、というアドバイスです。
「そんなものは、やめておけ」
グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴは、ラップのヒットソング「White Lines」で、君たちはドラッグを試してはいけない、と警告しています。
「White Lines」とは、コカインを吸引するために引いた「白い線」
「長居」すればするほど、支払うべき代償は大きくなる
白い線は、どこまでも続く
鼻の奥へと、血管の中を巡っていく
脳みそを殺す以外に、お前の得るものは何もない

Grandmaster & Melle Mel / White Lines (Don’t Don’t Do It) (1984 UK)
via. Discogs
反核・脱原発

Various – No Nukes – From The Muse Concerts For A Non-Nuclear Future – Madison Square Garden (September 19-23, 1979)
via. Discogs
1970年代の主流であったロックミュージックは、社会的に意味のある歌詞をほとんど生み出しませんでした。
しかし、そんな10年の終わりに変化が訪れます。
イギリスではパンクロックが台頭したことで、失業や核によるハルマゲドンをテーマにした、怒りに満ちた曲が国内のポップ・チャートに登場します。
アメリカでは、原子力エネルギーの問題と核戦争の脅威に対し、多くの著名ロックミュージシャンたちがシンパシーを表明していきました。
しかし、グラハム・ナッシュやジョン・ホール、そしてその他の反核活動家たちの、自分たちの懸念を「賛歌」に変えようという試みは、あまりにも自意識過剰であったために、その曲たちはすぐに忘れ去られてしまいました。
1979年3月、ペンシルベニア州のスリーマイル島で起きた原子力発電所事故。
その直後にミュージシャンや活動家たち(ジャクソン・ブラウン、グラハム・ナッシュ、ボニー・レイット、ジョン・ホール、ハーヴェイ・ワッサーマン)は「核のない未来」を訴え活動グループ「MUSE」を結成。
「No Nukes」と題し、1979年9月19日から23日にかけ「マディソン・スクエア・ガーデン」ではコンサートが、「バッテリー・パーク・シティ」では大集会が開催されました。

Various – No Nukes – From The Muse Concerts For A Non-Nuclear Future – Madison Square Garden (September 19-23, 1979)
via. Discogs
ザ・メッセージ

Grandmaster Flash & The Furious Five / The Message (France 1982)
via. Discogs
現在活躍するロックアーティストやラッパーたちは、もはや社会の根本的な変化は予期していません。
しかし問題に取り組み、リスナーたちが周りの世界と積極的に向き合うよう挑戦しています。
少なくとも過去3、4年間に書かれレコーディングされた、怒りに満ちた抗議の歌詞の数は、おそらく1960年代のどの時期よりも多いでしょう。
「ラップ」は70年代後半に、ニューヨークの黒人やラテン系地域から爆発的に広まった、新しいポップ・イディオム。
黎明期は、快楽主義や言葉の誇示がその主題でしたが、80年代初頭にグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴのダンス・シングル「ザ・メッセージ」が登場。
この曲は、都心の過密地域とそこに住む人たちが、犯罪の餌食、貧困、病気によって見捨てられダメになる様子を、怒りに満ちた目撃証言としてリスナーに伝えています。
関連記事:「ザ・メッセージ」:グランドマスター・フラッシュ & ザ・フューリアス・ファイブ(1982年)
まさにジャングル(無法地帯)だ
よく「潰れない」ようにしていると
時々不思議に思う
そう歌うのは、メリー・メル。
フューリアス・ファイヴの「戦う」ラッパーです。

Grandmaster Flash & The Furious Five / The Message (1982)
via. Discogs
ここ数年「ラップ」のレコードは同様の問題に真正面から向き合い、ダンサブルでありながら多くのオーディエンスを魅了してきました。
Run-DMCの最新ヒットシングル「イッツ・ライク・ザット」は、アメリカの黒人達が日々直面している「恐怖のリスト」をいくつも挙げています。

Run-D.M.C. / Run-D.M.C. (Cassette, Album 1984)
via. Discogs
「しかし、あきらめてはいけない」
Run-DMCは若い聴衆へ、都市部に住む黒人達へメッセージを送ります。
君たちは
成功を自分の手でつかみ取るんだ「これが現実だ」を乗り越えるために