
Grandmaster Flash (1980)
via. Peter Noble
「グランドマスター・フラッシュ」のステージ・ネームで知られるジョセフ・サドラーはカリブ海東部、バルバドス・ブリッジタウン出身。
1970年代後半より活動を始め、ターンテーブルやミキサーを組み合わせたカスタム機材「ピーカブー・システム」を駆使し、独自の理論「クイックミックス」を展開。さらに自身のグループフューリアス・ファイブを率い不朽の名作「ザ・メッセージ」「ホイールズ・オブ・スティール」をリリース。
文字通りのグランドマスターとしてDJのスタンダードテクニック、「バックスピン」「パンチフレーズ」「スクラッチ」を完成させたヒップホップのパイオニアです。
クール・ハーク、ピート・DJ・ジョーンズからの影響

The Mexican – Babe Ruth (First Base 1972)
via. Discogs
「パークジャムから2丁目手前で、すでに大音量だった。本当にクソうるさい音だった」クール・ハークのパーティーを体験した、グランドマスター・フラッシュは回想します。
ヒップホップの歴史書「Groove Music: The Art and Culture of the Hip-Hop D.J. 」より。
「(2丁目手前で)何の曲を演奏しているのかも分かったほどだ。演奏していた曲はベーブ・ルースの『ザ・メキシカン』、雷が落ちたように、ズン!ズン!ズン!ズン!あんな音聞いたことがなかった。音楽に限らずこれまでの人生で、あんな大きな音は初めてだった。スピーカーの音で地面が揺れたが、トランペットの高音ははっきりと聞こえてきた。スーパー・プロ・ケッズを履いているのに、ベースの重低音が体に響いた」
関連記事:Kool Herc(クール・ハーク)
ピート・DJ・ジョーンズはフラッシュの最大のインスピレーションとなった。それはなぜか? なぜならジョーンズは(クール)ハークとは違い隙のないビートを刻んでいたからだ。
地元のブロック・パーティーでジョーンズのプレイを見たフラッシュは、ハークとジョーンズ、2人のDJスタイルを組み合わせた音楽を想像した。
ヒップホップの歴史書「Last Night a DJ Saved My Life: The History of the Disc Jockey」より。
「ハークはレコードのブレイク・パートを演奏していた。しかし彼はそのタイミングを考慮してはいなかった。1分間に拍数が90くらいのレコードをかけたかと思うと、次に拍数が100くらいのをかけたりしていた。ハークがレコードをプレイしてもそれが決してオンタイムにならなかった」
「だがタイミングは重要なんだ。ダンサーの多くは本当にダンスが上手だった、そしてその動きはオンタイムで正確だった。だから俺は自分に言い聞かせた。レコードの特定の部分、つまりブレイクだけを延長しなければならない。しかしそれだけではだめだ。ビートは正確でなければならない」
「15秒程度のセクションを5分に延長する場合、それを目の前の人に気づかれないようにするためには、どうしたらいいのか。複数のレコードの中から1枚のレコードを取り出し、その中からブレイクを取り出す。さらにどうやって手作業で編集したらいいのか考えなければ。
それが可能になれば、踊りに熱中しているやつらは好きなだけ踊れるようになる。そのための方法を見つけなければならなかった」
フラッシュが語るように、これには長い間の実験と研究が必要だった。ジョーンズのもとにウォームアップ(前座の)DJとして弟子入りし、ターンテーブルのトルク、カートリッジの構造、針の設定など技術的な謎を研究。あらゆる角度から検証を重ね機械の習得を目指した。
数カ月の間この「ミックスの科学者」は、高校時代にやっていた繊維会社のメッセンジャー以外は、できるだけ多くの時間部屋に閉じこもり、ひたすら目標を追い求めた。
「ピーカブー・システム」と「クイックミックス理論」

Grandmaster Flash at the turntables (1970s)
via. Ernie Paniccioli
後にグランドマスター・フラッシュと呼ばれることになるジョセフ・サドラーは、このジャンルにおいて技術的革新をもたらし、DJの全く新しい次元を切り開きました。
On the Record: The Scratch DJ Academy Guide
職業高校で技術教育を受けたフラッシュは、そのノウハウを生かし新型ミキサーを制作。(複数のターンテーブルやマイクなどオーディオ機器からの入力を、混ぜ合わせたりフィルターをかけたりして変化させ、スピーカーから出力させるための装置)
さらにマイク・ミキサー、プリアンプ、スタジオ・ミキサーを組み合わせたものを「ピーカブー・システム」と命名しました。
この新しいセットアップにより、2枚のレコードを組み合わせたサウンドは、スピーカーから出力される前にヘッドフォンでプレビューできるようになったのです。「ミックスをコントロールできるというだけでなく、他の人に聞かれることなく音を確認ことができた」とフラッシュは述べています。
新型ミキサーの完成によって、フラッシュは(レコードとレコードの特定部分の間を、高速で移動し同期させるという)「クイックミックス理論」の実践が可能になりました。
つまり、正確なキューイングとカッティング(ミキサーのクロスフェーダーを左から右に素早く切り替え、あるレコードの音を別のレコードに「カット」する)、そしてバックスピニング(レコードを逆回転させてトラックの一部を繰り返す)を組み合わせることによって、現代のサンプラーやプロデューサーが自動的に行っていることを、フラッシュは手作業で行い曲のブレイクを無限に延長。それに合わせて観客たちも踊り続けることができるようになったのです。
関連記事:「初めてのミキサーはSONY MX-8だった」:グランドマスター・フラッシュが語る「ピーカブー・システム」と「クロック理論」
テクニクス SL-23

Technics by Panasonic
via. ebay
あとは、自分に合ったターンテーブルを見つけるだけだった。フィッシャープライスからマグナボックスまであらゆるものを試してみた。廃品置き場に行って捨てられたステレオ機器を寝室にまで持ち込んでテストしたものだ。
米ワシントン・ポストによるグランドマスターフラッシュのインタビューより。
Grandmaster Flash on ‘The Get Down’ and how he used science to pioneer DJ techniques
一番重要なのは、プラッター*が静止した状態で電源を入れた時。もし1回転する間にスピードが上がらないようなら、そのターンテーブルは「トルクが弱い」ということだ。レコードを反時計回りに回転させるのでトルクの「筋力」が必要だった。そして俺はこれを「トルク理論」と名付けた。
* プラッター:レコード盤を乗せるターンテーブルの回転部分のこと。
数えきれないほどのターンテーブルを経験した後、ブロンクスのハンツポイントにある店の前を通りかかった時のこと。ウインドウにダサいスチールグレーのターンテーブルが置いてあった。店内に入り「ちょっとテストしたいので、あのターンテーブルをウインドウから出してもらえない?」と店員に聞いた。
あまり知られていない会社で、小さなステッカーには「Technics」と書いてあった。モデル名は「SL-23」。

テクニクス SL-23
via. Just Audio
試してみると手を置いたときの「トルク」がかなりいい。プラッターを停止させ電源を入れてみる。するとこのターンテーブルは、ほぼ1/4回転でフルスピードになった。まさに「俺用のターンテーブルだ」と思った。
値段は1台75ドル。俺が放課後にメッセンジャーボーイの仕事をしていたのは、このターンテーブルを2台手に入れるために、お金を貯めなければならなかったからだ。
この特別なターンテーブルは、いわゆる「(SL)1200」の曽祖父にあたる機種。俺が使い始めると、DJ達は皆テクニクスのターンテーブルを買うようになった。
関連記事:グランドマスター・フラッシュはいかにして科学を駆使してDJテクニックを開拓したのか?
「ウエハース」:スリップマットの発明
その昔、ヒップホップDJのパイオニアたちが技術に磨きをかけていた頃。カッティング、スクラッチ、バックスピンの技術には問題がありました。ターンテーブルのプラッターはレコード盤を強く「掴みすぎる」のです。
On the Record: The Scratch DJ Academy Guide
「レコードを前後に動かせるようにするには、金属製のプラッターとレコード盤の間に、緩衝材が必要だと気づいたんだ」とグランドマスター・フラッシュは語ります。「フェルトを買ってきて、プラッターにフィットするように円形にカット、全体に洗濯のりを吹きかけた。それからアイロンの温度を上げて硬い『ウエハース』になるまでプレスした。出来上がったものをプラッターとレコードの間に挟むとうまくいったんだ」。
もはや洗濯のりを主原料としたものではありませんが、フラッシュが発明したスリップマットは、現在では地球上の大半のDJに使用されています。
カッティングを完成させたヒップホップのパイオニア

via. Ego Trip’s Book of Rap Lists
ブロンクスの西側にはハークがいて、反対側にはバムがいた。その真ん中あたりで活動していたのが、フラッシュだ。
1970年代のヒップホップ黎明期を良く知るクールDJレッド・アラートは、ヒップホップ系ディスクガイド「Ego Trip’s Book of Rap Lists」のインタビューで、絶対外してはならないオールドスクールDJのひとりとしてグランドマスター・フラッシュの名前を挙げています。
スクラッチが登場した頃、みんながやっていたのを覚えている。「ズンズン、ズンズン」って、最初はそれだけの基本的なチョップのみだった。
だが、フラッシュのカッティングは超速かった。カッティングはフラッシュによって完成され、後のDJたちによって引き継がれた。彼が別の次元に引き上げたんだ。
フラッシュがやり始めたのは、いかに速く1つのレコードから別のレコードへ、バックスピンで小節数を短くしていった。
そして、それが彼の名声を高めていった。
関連記事:絶対に外せない! オールドスクールDJ 16人:DJレッド・アラートが選ぶ
グランドマスター・フラッシュのプレイリスト
![Do You Like It - B.T. Express (Do It ['Til You're Satisfied] 1974)](http://oldschoolhiphop.suniken.com/wp-content/uploads/2022/07/do-you-like-it-bt-express-do-it-til-youre-satisfied-1974.png)
Do You Like It – B.T. Express (Do It [‘Til You’re Satisfied] 1974)
via. Discogs
- Hyperbolicsyllabicsesquedalymistic – Isaac Hayes (1969)
- Life Story – The Hellers (1968)
- The Meters – Cissy Strut -The Meters (1969)
- Hot Pants – James Brown (1971)
- Listen To Me – Baby Huey (1971)
- I Know you got Soul – Bobby Byrd (1971)
- Bra – Cymande (1972)
- It’s Just Begun – The Jimmy Castor Bunch (1972)
- The Mexican – Babe Ruth (1972)
- Think (About It) – Lyn Collins (1972)
- Apache – Incredible Bongo Band (1973)
- Yellow Sunshine – Yellow Sunshine (1973)
- Do You Like It – B.T. Express (1974)
- Take Me To The Mardi Gras – Bob James (1975)
- I Wouldn’t Change A Thing – Coke Escovedo (1976)
- Seven Minutes of Funk – The Whole Darn Family (1976)
- I Can’t Stop – John Davis & The Monster Orchestra (1976)
- The Fruit Song – Jeannie Reynolds (1976)
- Johnny The Fox Meets Jimmy The Weed – Thin Lizzy (1976)
- Super Sporm – Captain Sky (1978)
- Ain’t We Funkin’ Now – The Brothers Johnson (1978)
- Good Times – Chic (1979)
- Another One Bites the Dust – Queen (1980)
- Rapture – Blondie (1980)
- Genius of Love – Tom Tom Club (1981)
参照:20 Songs That Influenced Grandmaster Flash / Breakdancing : Curtis Marlow / whosampled.com
ディスコグラフィ「シングル」

Grandmaster Flash And The Furious Five – The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel (1981)
via. Discogs
- Superappin’ (Side A: Superappin’ / Side B: Superappin’ Theme) [Enjoy 6001] 1979年
- Freedom (Side A: vocal / Side B: instrumental) [Sugar Hill SH-549] 1980年
- The Adventures of Grandmaster Flash on the Wheels of Steel (Side B: THE PARTY MIX) [Sugar Hill SH-557] 1981年
- Flash To The Beat (Side A: Part 1 / Side B: Part 2) [Sugar Hill SH 574] 1982年
- The Message (Side A: vocal / Side B: instrumental) [Sugar Hill SH 584] 1982年
ディスコグラフィ「アルバム」

Grandmaster Flash & The Furious Five – The Message (1982)
via. Discogs
- The Message [Sugar Hill] 1982年
- Greatest Messages [Sugar Hill] 1984年
- They Said It Couldn’t Be Done [Elektra] 1985年
- The Source [Elektra] 1986年
グランドマスター・フラッシュに関する記事

Grandmaster Flash “Wild Style” offshoots (ca 1982)
via. Charlie Ahearn/nytimes
グランドマスター・フラッシュ :レジェンドDJのテクニックとプレイリスト
グランドマスター・フラッシュはいかにして科学を駆使してDJテクニックを開拓したのか?
「初めてのミキサーはSONY MX-8だった」:グランドマスター・フラッシュが語る「ピーカブー・システム」と「クロック理論」
「ホイールズ・オブ・スティール」を知るための9つのヒント:グランドマスター・フラッシュのマッシュアップ
スクラッチが初めてレコードに登場した名作「ホイールズ・オブ・スティール」グランドマスター・フラッシュ:クエストラブが語るヒップホップ・クラシックの背景
絶対に外せない! オールドスクールDJ 16人:DJレッド・アラートが選ぶ
ラップバトル、コールドクラッシュ VS ファンタスティック:1981年7月3日ニューヨーク・ハーレムワールド [ビンテージ・フライヤー]
「ザ・メッセージ」:グランドマスター・フラッシュ & ザ・フューリアス・ファイブ(1982年)
「ザ・メッセージ」初めてインナーシティの真実を語ったヒップホップ不朽の名作
「ザ・メッセージ」はこうして生まれた:ジグス・チェイス + デューク・ブーティが名曲誕生の瞬間を語る
「ザ・メッセージ」冗談と自慢話を捨て、絶望と怒りを描いた問題作
「ザ・メッセージ」ができるまで:メリー・メル + シュガーヒル・バンドが名曲誕生の瞬間を語る
史上最も偉大なヒップホップ・ソング 12曲 [1979年 – 1986年編]:ローリングストーン誌が選ぶ
ヒップホップ 不朽の名作 14曲 [1979年 – 1986年編]:クエストラブが選ぶ
「ラッパーズ・ディライト」史上最も偉大なヒップホップ・ソング
Fab Five Freddy(ファブ・ファイブ・フレディー)