Grandmaster Caz(グランドマスター・キャズ)

Grandmaster Caz

Grandmaster Caz
via. Joe Conzo

グランドマスター・キャズのステージネームで知られるカーティス・ブラウンは、1960年4月18日ブロンクス生まれ。

カサノバ・フライ名義でキャリアをスタート。DJディスコ・ウィズと最初のDJクルーのひとつ、マイティ・フォースを結成しました。

1970年代後半にはザ・コールド・クラッシュ・ブラザーズに参加。鮮やかなライムのスタイルは、ゴールデンエイジのヒップホップアーティストにも影響を与えました。

カサノバ・フライと「ラッパーズ・ディライト」

"The Mighty Force" Party Flyer (1978)

“The Mighty Force” Party Flyer (1978)
Grandmaster Casanova Fly, The Disco Wiz, DJ Mighty Mike & Female DJ Pam-Baa-Taa
via. @DJDiscoWiz

かつてDJカサノバ・フライとして知られていたグランドマスター・キャズは、DJディスコ・ウィズと一緒にマイクとターンテーブルを操り、(後に「コールド・クラッシュ・ブラザーズ」や「ファンタスティック・ファイブ」を結成することになる)ウィッパー・ウィップとドット・ア・ロックと共に「マイティ・フォース」というグループを結成しました。

ヒップホップ歴史書「Icons of Hip Hop: An Encyclopedia of the Movement, Music, and Culture」より。

キャズはこの時期、強力なライムや決まり文句(ルーティン)を次々と開発していきます。

そして、そのうちのいくつかは、シュガーヒル・ギャングのブレイクシングル「ラッパーズ・ディライト」に採用されることに。

(しかもそのセリフには、キャズのかつての名前をスペルで韻を踏んだ「I’m the C-A-S-A-N the O-V-A and the rest is F-L-Y」という自己紹介までも含まれていました)

話によると(後にシュガーヒル・ギャングのメンバーとなる)ビッグ・バンク・ハンクは、そもそもMCではありませんでした。

Big Bank Hank (Sugarhill Gang)

Big Bank Hank (Sugarhill Gang)
via. Michael Ochs / Getty

ピザ屋で働く彼のライムを聞いたことがきっかけで、シュガーヒル・レコードの代表シルビア・ロビンソンは、ハンクにレコーディングを持ちかけたといいます。

同時にハンクは、グランドマスター・キャズと彼のグループ「マイティ・フォース」のマネージャー兼プロモーターを務めていました。

当時のファンと同じように、ハンクはキャズのライムを良く知っていたうえに、プロモーターとしての特権がありました。

レコードが大ヒットするとは思いもよらなかったキャズは、自身のライムをまとめたメモを、ハンクに自由に使わせていたといいます。

結果「ラッパーズ・ディライト」はスマッシュヒットを記録。シュガーヒル・ギャングの知名度は、すぐに他のMCクルーを凌駕することになります。

Sugarhill Gang / Rapper's Delight (Red label, 1st pressing 1979)

Sugarhill Gang / Rapper’s Delight (Red label, 1st pressing 1979)
via. Discogs

関連記事:名曲「ラッパーズ・ディライト」には、ゴーストライターがいた?

コールド・クラッシュ・ブラザーズへの参加と、キャズがヒップホップに与えた影響

Grandmaster Caz of the Cold Crush Brothers at Club Negril (1981)

Grandmaster Caz of the Cold Crush Brothers at Club Negril (1981)
via. Joe Conzo Jr. Archive

キャズのMCとしての影響力は、シュガーヒル・ギャングが彼の有名なライムを「借用」した、ということだけではありません。

Icons of Hip Hop: An Encyclopedia of the Movement, Music, and Culture

キャズはDJチャーリー・チェイスからの誘いにより、コールド・クラッシュに参加。

コールド・クラッシュ・ブラザーズ時代に彼が参加した作品では、華やかな言葉遊びの頂点を極め、周到に準備されたルーティーンを披露。MCの芸術性を追求し、グループを支えました。

複雑に絡み合うMC同士のやりとりに加え、歌唱パートではメンバーがハーモニーを奏でる。

キャズはコールドクラッシュのメンバー、チャーリー・チェイス、DJトニー・トーン、イージーAD、オールマイティ・ケイ・ジー、ジェリー・ディー・ルイス(JDL)らと共に、グループの独自のスタイルを確立するのに貢献しました。

ライブパフォーマンスでのクオリティの高さは、ファンタスティック5のようなライバルクルーたちにとって、手ごわい挑戦者でもありました。

Cold Crush Brothers performing at Club Negril (1981)

Cold Crush Brothers performing at Club Negril (1981)
(L to R) Almighty Kay Gee, Easy AD, JDL, and Grandmaster Caz
(in background) Charlie Chase / via. Joe Conzo Jr. Archive

機関銃のように早口で交差する彼らのライムは、ランDMCなどのダイナミックなルーティンに引き継がれ、同様にジュラシック5など、さらに後のグループにもそのスタイルは受け継がれています。

もうひとりの「グランドマスター」

Grandmaster Caz, DJ Disco Wiz & JDL (right-to-left) (1982)

(L to R) JDL, DJ Disco Wiz & Grandmaster Caz (1982)
via. Disco Wiz and powerHouse Books

「俺はDJからスタートした。レコードのカットと、ライムを両方やったのは俺が最初だ。他のヤツらは、みんな(DJかMCか)どちらか一方を選んだのさ」

DJカサノバ・フライとしてキャリアをスタートし、後にグランドマスターを名乗るようになったいきさつを、グランドマスター・キャズは音楽誌「Vibe」1997年10月月号のインタビューで語っています。

「もともと俺は『カサノバ・フライ』を名乗っていた。『グランドマスター』になったのは、その後だ」

「グランドマスターは名前じゃない、称号だ」

「当時、グランドマスターと呼ばれていたのは2人だけだった。

グランドマスター・フラワーズとグランドマスター・フラッシュだけだ」

「ある夜、クラブでのことだ。

レコードの『あちこち』をカットしていたら、当時パートナーだったDJ、ディスコ・ウィズが 『もっと速く! もっと速く!』と叫んだ」

「俺がどんどん速くカットし続けると、オーディエンスはどんどん高まり、大盛り上がりとなった」

「みんなは叫び始めた

『グランドマスター! グランドマスター! グランドマスター!』

その瞬間、俺は称号を獲得した」

ディスコグラフィ「シングル」

Grandmaster Caz & Chris Stein ‎– Wild Style Theme Rap (1983)

Grandmaster Caz & Chris Stein ‎– Wild Style Theme Rap (1983)
via. Discogs

  • Wild Style Theme Rap – Grandmaster Caz & Chris Stein (1983)
  • Yvette / Mister Bill (1985)
  • Count Basey – “Captain” Grandmaster Caz (1986)

ディスコグラフィ「コンピレーション」

Various ‎– Wild Style (1983)

Various ‎– Wild Style (1983)
via. Discogs

  • Various ‎– Wild Style (1983)

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