
フィラデルフィア・パークサイド界隈の友人たちと記念撮影をする
DJコード・マネー(左端)と、スクーリー・D(左から2番目)
via. Spin/Dorothy Law
「多くの人がこの曲を気に入ってくれた」と彼は「P.S.K.」について語ります。
「俺がやっていることは、多くの人に暴力的だと思われていた。言い争いか、人の顔に銃を突きつけることだと」
果たして本当にそうでしょうか?
米音楽誌「Spin」1986年10月号に掲載された、スクーリー・Dことジェシー・ウィーバーのインタビュー記事より。
同誌のコラムで「究極のギャングスタ・ラップ」と評したヒップホップ・クラシック「P.S.K.ホワット・ダズ・イット・ミー?」誕生の背景を、相方のDJコード・マネーを交え、彼らの地元フィラデルフィア・パークサイドで探っています。
「P.S.K.」の由来となった地元「パークサイド」
「で、何を聞きたいんだ?」
「俺が誰を殺したか?俺の銃がどこにあるのか?」
大声で質問しながら微笑んでいるのは、ジェシー・ウィーバー。
スクエアトップのヘアスタイルに、白のタンクトップと白のパンツ。足元はフィラのスニーカー。マッチョでタフな24歳です。
ジェシーは現在、スクーリー・Dのステージネームで活動をしており(「バスケット・ボールをする」ことを「schooling」と言うが、「D」は何に由来するのか不明)彼は、ラップの攻撃性に「リアルな切り口」を新たに追加しました。
「俺はヤツの頭に銃口を突きつけ、こう言った『クソ野郎、撃ち殺すぞ』」
今日は、西フィラデルフィアの彼の地元、52番街とパークサイド界隈を案内してもらいます。
「パークサイド」は、スクーリーが所属するクルー「Parkside Killers」の名前の由来の地であり、さらに彼のシングル「P.S.K. ホワット・ダズ・イット・ミー?」へと繋がっていきます。

Schoolly D – P.S.K.-What Does It Mean? (1985)
via. Discogs
「多くの人がこの曲を気に入ってくれた」と彼は「P.S.K.」について語ります。
風化したレンガ造りの長屋を通り過ぎると、玄関口にたむろしている人たちが、雰囲気を明るくさせてくれます。
「俺がやっていることは、多くの人に暴力的だと思われていた。言い争いか、人の顔に銃を突きつけることだと」
果たして本当にそうでしょうか?
「必要な時だけさ」と彼は言います。
「ここで起きた何かをライム(韻)で、外の世界に報告するだけさ」
通りを歩いているとキッズたちが彼に声をかけます。
「やあ、スクーリー、元気?」
「スクーリー、次のレコードはいつ出るの?」彼は笑顔で、彼らと握手をします。
「ここの人たちには、本当に世話になった」彼はひとりの年配の女性を指さします。彼女は自分の店の近くのスペースを、リハーサル場として使わせてくれました。
問題は、地元を彷徨くいくつものギャング団
さらに私たちはスクーリーの最初のDJと遭遇。彼は自転車の修理から顔を上げて、気まずい挨拶を交わします。
「ここにはたくさんの人がいる」スクーリーは語ります。
「レコード作りについて話をしているのに、ヤツらはハイになっていたり、ナンパしたり、トラブルに巻き込まれたりしていた。俺はやり遂げたのさ」
彼は、彼がラップで表現しているような世界から抜け出し、アトランタの学校に入学させてくれた母親に感謝しています。そして、初めてRun-D.M.C.を聞いたのもその頃でした。
「ヤバいくらいにすごかった」
「(フィラデルフィアに)戻ってきてからラップを始めたんだ、最初は下手だった。 ポーチ(玄関先のスペース)でジャムをやってた。下手くそだったから ブーイングで追い出されたんだ」
あまりにも喧嘩ばかり起きるので、ジャムはやめたと彼は言います。
「ワイルドバンチと呼ばれる野蛮なクルーがいたんだ。俺が子供の頃、近所を歩き回るに彼らの『武装』を避けて通らなければならなかった。
ヤツらはそれを『カンガルー・ライン』と呼んでいた。30人の男が一列に並び、やりたい放題やっていた。殴って蹴って、その気になれば殺す」

DJ Code Money (left) and Schoolly D (1986)
via. Spin/Dorothy Law
ここで、スクーリーのDJであるコード・マネーが合流。交通事故による怪我で杖をついています。
2人は地元のギャングに疲れきっていました。
「根本的な問題はそこだ」コード・マネーが語ります。「56番街には『ヒルトップ・クルー』というギャングがいる。他にも『ムーンギャング・6-0・イン・ア・バケット』と呼ばれるギャングも。信じられないことに」
事態は悪くなる一方だから、ありのままを伝えたい
スクーリーは立ち止まり、通りの向かいにある靴屋を指さしました。
「あの店で働いていたから、レコードを出すための資金が余裕であったんだ」と彼は語ります。「2年の間、足のにおいが顔の近くにあった」
店に入ると、体格の良い白髪の店主に出会いました。彼は元従業員を、我が子のように誇らしげに見つめます。「私たちはジェシーのことを、とても誇りに思っています」
外では、数人のホームボーイたちが店の周りに集まり始めました。パークサイドのメンバー(スクーリーとコード・マネー)と写真家が入り口に並んでいるのに気付いたのです。
一人のキッズが「ヤツが誰だかなんて、どうでもいい」と噛み付いてきます「必要なら殺してやる」
スクーリーが店を出るとライバルの一味も移動しました。
「誰もが銃を持っている」とスクーリーは語ります。「銃が必要だからさ。多くの男がタフに振る舞うのは、いつ何かが起こるかわからないから、試験のようなものだ。いざとなったら裏切るクズたちもたくさん見てきたよ」
次に何が起こるのでしょう?
スクーリーが顔を向ける通りの向こう側には、新しいキッズのグループが集まっています。
「クソみたいな問題はまだ続いている」と彼は語ります。
「事態は悪くなる一方だ。だから、みんなに知ってもらえるように、ありのままを伝えたいんだ」
彼は声のトーンを少し下げ、レコードにこっそりと録音することも許されない、悲しみの痕跡をあらわにしました。
「このことについて語るのは俺が最初じゃないし、最後でもないだろう」
私たちができることは、第2の「ホワット・ダズ・イット・ミー?」が登場するのを、ただ待つのみです。

“Going Schooling” by Scott Mehno (October 1986)
via. Spin Magazine